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青森地方裁判所 昭和57年(ワ)388号 判決

主文

一  被告木全は原告東大宣寺に対し別紙物件目録一記載の建物を、被告中濱は原告行修寺に対し同目録二記載の建物を、被告吉田は原告覚宣寺に対し同目録三記載の建物をそれぞれ明け渡せ。

二  被告木全の原告東大宣寺に対する請求を、被告中濱の原告行修寺に対する請求を、被告吉田の原告覚宣寺に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(第一事件)

一  請求の趣旨

1 被告木全は原告東大宣寺に対し、別紙物件目録一記載の建物を明け渡せ。

2 訴訟費用は被告木全の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告東大宣寺の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告東大宣寺の負担とする。

(第二事件)

一  請求の趣旨

1 原告東大宣寺と被告木全との間で、被告木全が原告東大宣寺の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は原告東大宣寺の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告木全の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告木全の負担とする。

(第三事件)

一  請求の趣旨

1 被告中濱は原告行修寺に対し、別紙物件目録二記載の建物を明け渡せ。

2 訴訟費用は被告中濱の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告行修寺の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告行修寺の負担とする。

(第四事件)

一  請求の趣旨

1 原告行修寺と被告中濱との間で、被告中濱が原告行修寺の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は原告行修寺の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告中濱の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告中濱の負担とする。

(第五事件)

一  請求の趣旨

1 被告吉田は原告覚宣寺に対し、別紙物件目録三記載の建物を明け渡せ。

2 訴訟費用は被告吉田の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告覚宣寺の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告覚宣寺の負担とする。

(第六事件)

一  請求の趣旨

1 原告覚宣寺と被告吉田との間で、被告吉田が原告覚宣寺の代表役員及び責任役員の地位にあることを確認する。

2 訴訟費用は原告覚宣寺の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告吉田の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告吉田の負担とする。

第二  当事者の主張

(第一、第三及び第五事件(以下「建物明渡事件」という)共通)

一  請求原因

1  別紙物件目録一記載の建物は原告東大宣寺の、同目録二記載の建物は原告行修寺の同目録三記載の建物は原告覚宣寺のそれぞれ所有である。

2  被告木全は同目録一記載の建物を、被告中濱は同目録二記載の建物を、被告吉田は同目録三記載の建物をそれぞれ占有している。

3  よって、所有権に基づき、原告東大宣寺は被告木全に対し同目録一記載の建物の、原告行修寺は被告中濱に対し同目録二記載の建物の、原告覚宣寺は被告吉田に対し同目録三記載の建物の各明渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2記載の事実は認める。

三  抗弁

(占有正権原)

1 原告東大宣寺は昭和三六年三月六日、原告行修寺は昭和四九年一〇月一五日、原告覚宣寺は昭和四八年一月五日それぞれ設立された宗教法人であり、いずれも宗教法人日蓮正宗(以下「日蓮正宗」という。)の被包括宗教団体として、日蓮正宗宗制に定める宗祖日蓮所顕十界互具の大曼茶羅を本尊として、日蓮正宗の教義をひろめ、儀式行事を行い、広宣流布の為め信者を教化育成し、その他正法興隆、衆生済度の浄業に精進するための業務及び事業を行うことを目的とする。

2 日蓮正宗の法規である日蓮正宗宗制(以下「宗制」という。)、日蓮正宗宗規(以下「宗規」という。)及び原告らの各規則によれば、寺院の代表役員は当該寺院の住職の職にある者をもって充てる、住職は教師のうちから管長が任命することとされており、被告木全は昭和五一年六月二八日原告東大宣寺の、被告中濱は昭和五三年二月二五日原告行修寺の、被告吉田は昭和五四年四月二四日原告覚宣寺のそれぞれ住職及び代表役員に任命されたことにより、各寺院の建物である別紙物件目録一ないし三記載の建物についてそれぞれ占有正権原を取得した。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び2記載の事実は認める。

五  再抗弁

(擯斥処分による占有正権原の喪失)

1 被告木全は昭和五八年四月五日付け宣告書(同月九日到達)をもって、被告中濱及び被告吉田は同年九月一六日付け宣告書(それぞれ同月一九日、同月二〇日に到達)をもってそれぞれ日蓮正宗から擯斥(僧籍を削除し、日蓮正宗より擯斥する)処分に付されたことにより、それぞれ寺院の建物である別紙物件目録一ないし三記載の建物について占有正権原を喪失した。

2 被告らに対する処分の理由及び手続は、次のとおりである。

(一) 日蓮正宗における懲戒処分に関する規定は、次のとおりである。

宗規第二四四条 懲戒の種目を左の五種とする。

第五号 擯斥 僧籍を削除し、本宗より擯斥する。

同二四九条 左に掲げる各号の一に該当する者は擯斥に処する。

第三号 言論、文書、図画等をもって管長に対し、誹毀または讒謗をした者

第四号 本宗の法規に違反し、異説を唱え、訓戒を受けても改めない者

同第一五条 管長は、この法人の責任役員会の議決に基づいて、左の宗務を行う。但し、本宗の法規に規定する事項に関してはその規定による手続を経なければならない。

第七号 僧侶、壇徒、信徒に対する褒賞及び懲戒並びに懲戒の減免、復級、復権、または僧籍の復帰

同第二五一条 褒賞及び懲戒は、総監において事実の審査を遂げ、管長の裁可を得てこれを執行するものとする。

同第二五三条 懲戒は、管長の名をもって宣告書を作り、懲戒の事由及び証憑を明示し、懲戒条項適用の理由を付する。

宗制第三〇条 参議会は、代表役員より諮問された左に掲げる事項について審議し答申する。

第二号 褒賞及び懲戒に関する事項

(二) 処分の理由

(1) 被告木全関係

(イ) 同被告は、現法主(管長)である阿部日顕上人の血脈相承を否定し、昭和五六年一月二一日、静岡地方裁判所に対し、同上人を被告とする訴訟を提起し、「前法主細井日達上人の生前において相承がなされた事実は存しない」「阿部日顕の法主の地位は、宗制宗規に基づかないいわば僣称に過ぎず、正当な根拠がなく就任したものであり、阿部日顕法主は、本来存在しない」等の主張をし、もって本宗の教義及び信仰の根幹をなす金口嫡々唯授一人の血脈相承を否定する異説を唱え、管長に対し、誹毀讒謗をし、かつ、右異説につき、院第三〇〇号(昭和五六年二月四日付け)、院第四三八号(同年九月一五日付け)及び院第四九九号(昭和五七年一月一九日付け)の各院達並びに同年三月二〇日付け訓戒をもって、その所説を改めるよう訓戒を受けたのに、これを改めなかった。

(ロ) 同被告の所説が異説であることは、日蓮正宗内において確定している。すなわち、日蓮正宗において、教義に関して正否を裁定するのは管長(法主)であるが(宗規第一五条第五号)、法主である日顕は、昭和五七年一月一六日、責任役員会の議決に基づき、被告木全の所説が異説である旨裁定した。また、このことは、能化会議の声明文、宗会議員の決意書及び教師の決議文等により確認されている。

(ハ) 被告木全の右行為は、宗規第二四九条第三号及び第四号に該当する。

(2) 被告中濱及び被告吉田関係

(イ) 同被告らは、昭和五六年一月一一日付け通告文をもって現法主である阿部日顕上人に対し、「貴殿には全く相承が無かったにもかかわらず、あったかの如く詐称して、法主及び管長に就任されたものであり、正当な法主及び管長と認められない」旨を通告し、その内容を日蓮正宗全国壇徒新聞である「継命」(昭和五六年一月二二日号)にて公表し、更に、同月二一日、静岡地方裁判所に対し、同上人を被告とする訴訟を提起し、被告木全と同様の主張をし、同宗の教義及び信仰の根幹をなす金口嫡々唯授一人の血脈相承を否定する異説を唱え、管長に対し、誹毀、讒謗をし、かつ、右異説につき、院第三〇〇号(昭和五六年二月四日付け)、院第四三八号(同年九月一五日付け)及び院第四九九号(昭和五七年一月一九日付け)の各院達、同年六月二一日付け「勧告文」並びに同年九月一日付け「訓戒」をもって、その所説を改めるよう訓戒を受けたのにこれを改めなかった。

(ロ) 同被告らの所説が異説であることが日蓮正宗内において確定していることは前記のとおりである。

(ハ) 同被告らの行為は、宗規第二四九条第三号及び第四号に該当する。

(三) 処分の手続

(1) 処分権者

(イ) 被告らに対する擯斥処分は、管長(法主)である阿部日顕により行われた。

(ロ) 阿部日顕の法主就任について

(a) 日蓮正宗における法主の地位は血脈相承によってのみ承継される。血脈相承とは、宗祖の血脈を代々の法主に承継する宗教的行為であり、これによってのみ、宗祖の仏法は宗祖の滅不滅(生死)をこえて、末法時代の永遠の未来に至るまで断絶することなく流布すべきものとされており、血脈相承の不断ということが、日蓮正宗における教義、信仰の根幹をなす。そして、日蓮正宗においては、宗祖の血脈は、二祖日興上人、三祖日目上人、以下日道上人、日行上人と代々の法主から法主へ血脈相承により、一器の水を一器に移すようにして承継され、現法主に至っている。このように、日蓮正宗における法主の地位が血脈相承によってのみ承継されるということは、宗旨の根幹をなす教義、信仰上の問題であり、それに関する準則は、最も文章化することに親しまず、不文の準則として存在してきた。日蓮正宗は、現在、成文規定として宗規を有するが、宗規第二条、第一四条第一項、第二項はこの旨を明らかにしたものであり、同条第三項ないし第五項の規定は、血脈の不断に備えたものである。

(b) 阿部日顕は、昭和五三年四月一五日、総本山において、第六六世法主細井日達上人から血脈相承を受け、昭和五四年七月二二日、同上人の遷化に伴い、第六七世法主に就任し、同時に管長に就任した。

(c) 阿部日顕が日蓮正宗の正統な第六七世法主であることは、同宗内において確定している。すなわち、昭和五四年七月二二日、総本山において開催された緊急重役会議の席上、阿部総監は、昭和五三年四月一五日に日達上人から内々に「血脈相承」を授けられていたことを明らかにされたため、出席者全員は謹んでこれを拝承し、新法主日顕上人に対する信状随従を誓った。また、日顕上人が管長・代表役員に就任したことを責任役員会として確認した。同日、宗内僧侶の殆ど全員が総本山に参集し、午後七時から日達上人の密葬通夜の儀が営まれたが、その席で、日顕上人が昭和五三年四月一五日に「血脈相承」を内々に受けていた旨が椎名重役から発表され、出席者一同は謹んでこれを拝承した。そして、昭和五四年七月二二日付け及び翌日付けの各院達をもって、日顕上人の法主就任が宗内全体に通達された。

同年八月六日には、総本山大石寺において、法主就任の伝統的儀式である「御座替式」及び新法主と師弟の契りを結ぶ儀式である「御盃の儀」が厳粛に執り行われた。

同月二一日、日顕上人は、宗内全体に対し、日達上人から「血脈相承」を受けて第六七世法主に就任した旨を宣し、併せて宗内全僧俗の協力と一致団結を求める旨の訓諭を発した。

昭和五五年四月六日と七日の両日、総本山大石寺において、日顕上人の「御代替奉告法要」(古来より法主就任後最初の「御霊宝虫払大法会」の際に行われるのを例とする)が盛大に奉修され、日顕上人の法主就任が改めて宗祖日蓮大聖人に奉告された。

以上のように、日顕上人は、昭和五四年七月二二日の就任と同時に宗内すべての僧俗から血脈付法の法主と仰がれ、また、宗内すべての機関によって異議なく承認され、以来、本尊書写、各種法要の主宰を始めとする法主としての職務、住職、主管の任免を始めとする管長としての職務、宗教法人の代表役員としての職務を広範に遂行し、今日に至っている。

(d) 被告らが日顕上人の「血脈相承」を否定するに至った経緯

被告らが日顕上人の法主就任に際し執り行われた伝統的儀式や法要に対し、何ら異議を述べなかったこと、のみならず、被告らは、日蓮正宗の一部僧侶が同宗の信者団体の一つである創価学会を善導すると称して結成した非公認組織である「正信会」が主催して昭和五四年八月二五日に開催した第三回全国壇徒大会において、日顕上人を第六七世法主と仰ぎ信伏随従するとの信仰を表明し、その後も約一年半にわたり日顕上人を法主・管長として仰いでいたことは紛れもない事実である。それにもかかわらず、被告らが日顕上人の法主就任後約一年半を経過した後に、突如として日顕上人の血脈相承を否定し始めたのは、教団の創価学会に対する教化、育成方針に従いたくないという被告らの我見から発する宗教上の信念の対立に起因するものであった。すなわち、「正信会」は、昭和五五年八月二四日、数度にわたる宗務院の禁止命令に違背して、日本武道館において第五回全国壇徒大会の開催を強行したため、「正信会」の主要なメンバーが住職罷免を含む懲戒処分を受けるに至ったが、右処分を契機として、日顕上人の教導方針が自分達の意にそぐわないものであることが明確になるに及んで、これを不満として昭和五五年一二月に至り日顕上人の法主の地位までも否定するようになったのである。

現在日顕上人の法主の地位を否定しているのは被告ら一部の元僧侶とそれに同調する「壇徒」の一部に過ぎず、日蓮正宗における全僧俗の九九パーセントまでが日顕上人を法主・管長と仰ぎ、信伏随従しているのであり、日顕上人が日蓮正宗の法主であることは、既に宗内において不動のものとして確定している。

(2) 処分手続

日蓮正宗の管長阿部日顕は、総監において事実の審査を遂げさせた上で(宗規第二五一条)、被告木全については昭和五七年四月五日、被告中濱及び被告吉田については同年九月一六日、参議会の答申を経て(宗制第三〇条第二号)、責任役員会の議決に基づき(宗規第一五条第七号)、擯斥処分に付し、それを裁可し(宗規第二五一条)、管長の名をもって宣告書を作成し(宗規第二五三条)、被告木全に対しては同年四月九日、被告中濱に対しては同年九月一九日被告吉田に対しては同月二〇日それぞれ宣告書を送達した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1記載の事実中、被告らが原告ら主張の宣告書により日蓮正宗から擯斥処分を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2記載の事実中、(一)記載の事実、(二)のうち、被告木全が昭和五六年一月二一日、静岡地方裁判所に対し、阿部日顕を被告とする訴訟を提起し、原告東大宣寺主張のような主張をしたこと、被告中濱及び被告吉田が昭和五六年一月一一日付け通告文をもって原告行修寺及び原告覚宣寺主張のような通告をし、その内容を「継命」に公表したこと及び同月二一日、静岡地方裁判所に対し、阿部日顕を被告とする訴訟を提起し、同原告ら主張のような主張をしたこと、(三)、(2)のうち、宣告書が原告ら主張の日に各被告に送達されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

七  再々抗弁

日蓮正宗が被告らに対してした擯斥処分は、次の理由により無効である。

1  処分事由の不存在

被告らの言動は、宗規第二四九条第三号又は第四号に該当しない。すなわち被告らは、阿部が日蓮正宗における法主選任準則たる宗規第一四条第二項に定める選定行為としての「血脈相承」を受けたことがないこと、具体的には、昭和五三年四月一五日、日達上人から阿部に対して次期法主の選任行為としての相承と称する事実行為又は儀式行為が行われたことはないことを主張するに過ぎず、日蓮正宗において信仰上の血脈相承が断絶したとか、日達上人が生前において何人に対しても信仰上の観念としての血脈相承をしなかったと主張したことはないから、被告らの主張はいかなる意味においても、日蓮正宗の教義に関し異説を唱えたことにはならない。そもそも、宗規第二四九条第四号の「異説」とは、同第一五条第五号に基づき管長により異説と裁定された教義上の説をいうところ、日蓮正宗において、宗規の手続に定める異説裁定が行われたことはない(甲第一四号証によれば、昭和五七年一月一六日に開催された責任役員会において、「日顕上人の血脈を否定し、前法主日達上人が生前において何人に対しても血脈相承をしなかった旨の主張が異説であることを確認する」旨の議決がなされたことを窺うことはできるが、「管長阿部日顕」が右議決に基づいて宗規第一五条第五号により、教義に関し正否を裁定した形跡はない)から、被告らの所説を異説として処分に付することはできない。

同様に、法主選任準則たる宗規第一四条第二項に定める選定行為としての「血脈相承」(これは、法主選任という法律効果が発生するための要件事実に当たる客観的、具体的事実そのものである)の不存在を主張することが「管長阿部日顕」に対する誹毀又は讒謗に該当しないことは、多言を要しない。

2  処分権限の不存在

被告らに対する処分は、管長阿部日顕の名において行われたが、同人は管長の地位に就いたことはなく、これを僣称するに過ぎない。すなわち、右処分は、処分権限を有しない者によってされた処分というほかなく、無効である。

日蓮正宗における管長の地位には、法主の職にある者が就任するところ、阿部が法主の職に就いたことはない。

日蓮正宗における法主選任準則たる宗規によれば、法主の選任は、(イ) 法主による選定(宗規第一四条第二項)又は(ロ) これが不能の場合においては、総監、重役及び能化の協議による選任(同条第三項)により行われ、被選任資格者は緊急やむを得ない場合のほか、能化の地位にある者に限られている(同条第二項)。

しかしながら、阿部の法主就任に当たっては、前法主細井日達が生前(イ)の選定をした事実は全くない上、(ロ)の方法による選任が行われた事実もない。そもそも、当時、宗規第一四条第二項の「緊急やむを得ない」事態はなかったから、大僧都に過ぎない阿部には、法主の被選任資格がない。

日蓮正宗がこれまで公表してきたところによれば、昭和五三年四月一五日、当時の法主細井日達上人は、阿部日顕に血脈を相承して同人を次期法主として選定し、昭和五四年七月二二日の日達上人の遷化により、当然に阿部日顕が法主に就任したとされている。しかしながら、もともと宗規第一四条第二項にいう法主の選定がなされるということは、その時に法主の地位が交替することを意味するのであり、細井日達上人が死亡の時まで法主の地位を有していたことに争いがない以上、日蓮正宗の主張はそれ自体矛盾であり、意味をなさない。

また、日蓮正宗の記録中には、昭和五三年四月一五日に細井日達法主が阿部を次期法主に指名したこと又は原告らの主張の「血脈相承」があったことを窺わせるようないかなる記載もないし、その時又は事後にもいかなる儀式も発表も行われていない。このことは、右事実そのものが存在しないことを如実に示すものである。

阿部日顕の法主就任の根拠となるべき事実として、原告らが主張するところは、阿部自身が昭和五四年七月二二日の緊急重役会議の席上において、「今まで秘していたが、実は昨年の四月一五日血脈の儀についてお話があった」と述べたということのみであり、かかる発言は如何なる意味においても宗規第一四条第二項の選定行為とは無縁である。

結局、阿部の法主就任には、同人の右発言以外何らの根拠がないことが明らかであり、阿部は法主及び管長を僣称しているに過ぎない。

3  権利の濫用又は信義則若しくは公序良俗違反

(一) 本件紛争の背景

日蓮正宗の前法主日達上人は昭和五四年七月二二日現職のまま逝去された。

ところが、同日夜、緊急重役会において、当時大僧都であった阿部が「実は昨年四月一五日血脈の儀についてお話があった」と述べたとして、阿部が法主に就任する手続がとられるに至った。当時日蓮正宗内では、被告ら初め多くの僧侶が右手続に不審を抱いていたが、「法主の地位僣称」というのは、前代未聞の不祥事であり、右のような疑問を口にすることさえ憚らざるを得ない状況にあった。

ところが、その後、阿部日顕におよそ当宗管長としては考えられないような言動(宗内諸機関の機能を停止せしめるような不当な懲戒処分等)が相い次ぎ、他方、宗外からも公然と阿部日顕への相承の事実を否定する指摘がなされるようになったため、宗内僧侶の有志らがこれまでの疑念を質すべく、昭和五五年一二月一三日、阿部日顕に対し、同人が真実前法主日達上人から相承を受けた事実があるか否かについて、文書をもって質問したが、何の回答もなされなかった。このため、被告中濱及び被告吉田は、阿部は正当に法主の地位に就いたものではないと判断し、その旨を昭和五六年一月一二日阿部に通告した。

そして、被告ら教師の資格を有する僧侶一八一名が同月二一日、日蓮正宗及び阿部日顕を被告として、阿部日顕が日蓮正宗の代表役員及び管長の地位を有しないことの確認請求訴訟及び阿部日顕の職務執行停止等を求める仮処分申請をいずれも静岡地方裁判所に提起した。

同年二月には、更に一八名の教師の資格を有する僧侶が同趣旨の訴え等を提起し、右訴訟の原告となった僧侶は、日蓮正宗に属する教師の資格を有する僧侶の三分の一にも上った。

(二) 被告らに対する擯斥処分は、以上の事実経過の下で、右訴訟の相手方である日蓮正宗の宗務当局により、原告となっている被告らに対し、同一理由により一斉になされたものであり、右訴訟事件の圧殺を目的とする極めて露骨な報復処分である。被告らの行為は、宗務当局が阿部日顕の法主就任に際してとった理不尽な措置を質すべくされたものであり、団体の構成員としての正当な権限の行使であり、宗務当局のかかる干渉が国民の裁判を受ける権利の真正面からの否定であることは多言を要しない。かかる不法な動機、目的のもとになされた懲戒処分が公序良俗に違反し、又は懲戒権の濫用であることは明らかである。

(三) 次に民事訴訟においては、訴訟当事者の訴訟活動の自由は最大限に保障されなければならない。然るに、日蓮正宗側は、本来裁判所の認定判断に親しまない信仰上の事実を要件事実として主張しておきながら、これを否認する旨の被告側の応答を捉えて、教義上の異説を唱えたとして処分する挙に出たものであり、このような処分が訴訟当事者の訴訟活動を不当に制約するものとして許されないことは明らかである。

また、訴訟上の主張が訴訟代理人によって行われることの意義は、訴訟代理人による事実上又は法律上の陳述の訴訟法上の効果が本人に帰属するところにあり、またこれに尽きる。したがって、訴訟代理人がした訴訟上の陳述について、訴訟法上の効果のほかいかなる意味においても、本人の責任を問うことはできない筋合いである。然るに、日蓮正宗側は、中安正弁護士他の訴訟代理人によってなされた訴訟上の陳述が教義に違背するとして、本人である被告らに対して処分を加えたものであり、右処分は明らかに権利の濫用である。

(四) 原告の「自律結果」の主張に対する反論

宗教団体に限らず私的団体における私的自治が一般に承認され、裁判所がこれを尊重すべきものとされていることは明らかである。そして、私的団体内の行為が裁判所の審判権の対象とされる場合においては、その内容が公序良俗に反しない限り団体の定めた自治規範が適用されるということが司法権による団体の私的自治ないし自律権の尊重の内容である。然るに、原告の「自律結果」の主張は、団体がいかなる自治規範を有するか、右自治規範に該当する事実があったか否かにかかわらず、裁判所は、団体内で誰がいかなる意見ないし信仰を有するかを審理した上、現在比較的多数者の意見ないし信仰は何かを認定し、常にこれを「自律結果」として裁判の基礎とせよというのである。かかる立論が団体自治を否定し、少数者の権利保護という裁判所の機能をも否定するものであることは明らかであり、原告の主張は独自の見解に過ぎない。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁1ないし3記載の事実は否認する。

(第二、第四及び第六事件(以下「地位確認事件」という。)共通)

一  請求原因

1  建物明渡事件の抗弁1及び2に同じ(ただし、2の六行目「ことにより、以下七行目取得した」までを削る。)。

2  然るに、原告東大宣寺は被告木全が同寺の、原告行修寺は被告中濱が同寺の、原告覚宣寺は被告吉田が同寺の各代表役員及び責任役員の地位にあることを争う。

3  よって、被告らは、地位確認事件の請求の趣旨各1記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2記載の事実は認める。

三   抗弁

1  建物明渡事件の再抗弁1及び2に同じ(ただし、1の四行目「付されたことにより、」以下を「それぞれの寺院の代表役員及び責任役員の地位を喪失した。」に改める。)。

四  抗弁に対する認否

建物明渡事件の再抗弁に対する認否に同じ。

五  再抗弁

建物明渡事件の再々抗弁に同じ。

六  再抗弁に対する認否

建物明渡事件の再々抗弁に対する認否に同じ。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一  建物明渡事件について

一  請求原因及び抗弁記載の事実並びに再抗弁記載の事実中、日蓮正宗の僧侶である被告らが同宗から擯斥処分を受けたことは、当事者間に争いがない。

ところで、〈証拠〉によれば、日蓮正宗は、宗教法人法による宗教法人であり、法人の規則として宗制、宗規を有すること、宗規によれば、同宗の伝統は、外用は法華経予証の上行菩薩、内証は久遠元初自受用報身である日蓮大聖人が、建長五年に立宗を宣したのを起源とし、弘安二年本門戒壇の本尊を建立して宗体を確立し、二祖日興上人が弘安五年九月及び一〇月に総別の付嘱状により宗祖の血脈を相承して三祖日目上人、日道上人、日行上人と順次に伝えて現法主に至り、七〇〇余年に及んでいること、同宗は、宗祖所顕の本門戒壇の大曼茶羅を帰命依止の本尊とし、宗旨の三箇たる本門の本尊即ち宗祖所顕の大曼茶羅、本門の題目すなわち法華経寿量品の文底妙法蓮華経及び本門の戒壇の義を顕わすを教法の要義とし、教義の純粋性を保持して今日に至っていること、同宗に包括される寺院(末寺)の数は約六〇〇か寺、僧侶の数は約八五〇名、信者の数は、国内で約一〇〇〇万人、海外で一一五か国約一〇〇万人の規模を誇る我が国有数の宗教団体であることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

次に、本件訴訟においては、日蓮正宗が懲戒処分としてした擯斥処分の効力が争われていることは、弁論の全趣旨に照らし明らかなところ、宗教団体については、信教の自由の内容として、宗教団体の自治が尊重される(憲法第二〇条、宗教法人法第一条第二項、第八五条)べきこと、懲戒処分というものが団体の自主的な統制方法として行われるものであることに鑑みれば、裁判所としては、団体の自治を極力尊重するという観点から、団体による処分の存在が外形的に認められる限り、その処分を一応有効なものとして取り扱うこととし、その無効を主張する者に無効原因たる瑕疵について主張・立証責任があると解するのが相当である。

二  そこで、再々抗弁について判断する。

1  処分事由不存在の主張について

再抗弁2(二)記載の事実中、被告木全が昭和六一年一月二一日、静岡地方裁判所に対し、阿部日顕を被告とする訴訟を提起し、原告東大宣寺主張のような主張をしたこと、被告中濱及び被告吉田が同月一一日付け通告文をもって原告行修寺及び原告覚宣寺主張のような通告をし、その内容を「継命」に公表したこと及び同月二一日、静岡地方裁判所に対し、阿部日顕を被告とする訴訟を提起し、同原告ら主張のような主張をしたことは、当事者間に争いがない。

被告らは、右被告らの行為は宗規第二四九条第三号の「管長に対する誹毀または讒謗」又は第四号の「異説を唱えたこと」に該当しないと主張するが、被告らの行為が宗規第二四九条の第三号に該当するかどうかは、阿部日顕が正当に管長に就任しているか否かによって決定されるから、この点の判断は後記2に譲ることとし、ここでは、被告らの言動が同条第四号の「異説を唱えたこと」に該当しないかどうかについて判断を加える。

ところで、右の判断に当たっては、宗教団体の自治を極力尊重するという観点から、この点に関する日蓮正宗の自治的な決定が既に存在する場合には、これを尊重し、これを裁判の基礎とすることが許されるし、このような態度こそが信教の自由を保障した趣旨に適うと考えられる。

そこで、この点に関する日蓮正宗の自治的な決定の存否について検討するに、〈証拠〉によれば、日蓮正宗における教義に関する正否の裁定権者は管長とされている(宗規第一五条第五号によれば、管長は、責任役員会の議決に基づき、教義に関して正否を裁定する)ところ、管長である阿部日顕は、昭和五七年一月一六日、責任役員会の議決に基づき、被告らの所説が異説であることを裁定したほか、御指南という形で繰り返し被告らの所説が異説である旨を指摘したこと、及び管長の見解は、被告ら正信会に所属する僧侶約一八〇名を除く宗内のほとんど全員の僧侶によって支持され、宗務当局の公式見解とされていることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、日蓮正宗においては、被告らの所説は異説とされていることが明らかであるから、被告らの行為が異説を唱えたことに該当しないことを前提とする被告らの主張は理由がない。

2  処分権限不存在の主張について

被告らに対する擯斥処分が管長阿部日顕の名で行われたことは、当事者間に争いがない。したがって、阿部日顕が正当に管長に就任したかどうかが問題となるところ〈証拠〉によれば、日蓮正宗においては、管長は、法主の職にある者をもって充てる(宗規第一三条第二項)とされているから、結局のところ、阿部日顕が正当に法主に就任したか否かが問題となる。よって、以下この点について検討する。

最初に〈証拠〉によれば、日蓮正宗における法主の地位は、血脈相承によってのみ承継されること、血脈相承とは、宗祖の血脈を代々の法主に承継する宗教的行為であり、これにより、宗祖の仏法は、宗祖の減不滅(生死)をこえて、末法時代の永遠の未来に至るまで断絶することなく流布すべきものとされており、血脈相承の不断ということが日蓮正宗における教義・信仰の根幹をなすこと、そして、日蓮正宗においては、宗祖の血脈は、二祖日興上人、三祖日目上人、以下日道上人、日行上人と血脈相承により代々の法主から法主へ一器の水を一器に移すようにして承継され、現法主に至っていること、このように、日蓮正宗における法主の地位が血脈相承によってのみ承継されるということは、同宗の宗旨の根幹をなす教義・信仰上の問題であり、それに関する準則は、明治三三年に初めて成文の規定が作られるまで不文の準則として存在してきたこと、現行宗規第二条、第一四条第一項は、この旨を確認するものであり、同条第二項にいう「選定」とは、当代法主が次期法主たるべき者に血脈相承を授けることを意味することが認められ(る)〈証拠判断省略〉。

右事実によれば、阿部日顕が正当に法主に就任したかどうかは、同人が前法主であった細井日達から血脈相承を受けたか否かによって決まる筋合である。しかしながら、血脈相承による法主の地位の承継ということが日蓮正宗の宗旨の根幹をなす教義・信仰上の問題である以上、裁判所が直接当該事実の有無を詮索することは、日蓮正宗の自治すなわち日蓮正宗が自由にその信仰や教義等を決定しうることに介入することになりかねない。よって、当裁判所としては、宗教団体の自治を極力尊重するという観点から、この点に関する日蓮正宗における自治的決定の存否を取り上げ、これを裁判の基礎とすることにする。

そこで、次に、日蓮正宗において阿部日顕が法主として推戴されているかどうかについて判断する。

〈証拠〉によれば、昭和五四年七月二二日、総本山において開催された緊急重役会議の席上において、阿部総監から昭和五三年四月一五日に第六六世法主細井日達上人から血脈相承を授けられた旨の発言がなされ、出席者一同これを拝承して、責任役員会として阿部の管長・代表役員への就任を確認したこと、同日夜総本山において日蓮正宗の殆ど全ての僧侶が出席して行われた日達上人の密葬通夜の儀の席上において、椎名重役からこの旨が公表され、同日及び翌二三日付けの各院達をもって阿部日顕の第六七世法主への就任が宗内一般に通達されたこと、同年八月六日、総本山大石寺において、法主就任の伝統的儀式である「御座替式」及び新法主の登座を祝い、新法主との師弟の契りを固める儀式である「御盃の儀」が執り行われたこと、同月二一日、阿部日顕は、訓諭をもって宗内一般に対し、日達上人から血脈相承を受け、同年七月二二日、総本山第六七代の法燈を嗣ぎ、日蓮正宗の管長の職に就いた旨を表明したこと、更に、昭和五五年四月六日、七日、総本山において、全僧侶が出席して、阿部日顕の御代替奉告法要が行われ、同人の法主就任が宗祖日蓮大聖人に奉告されたこと、以上のように、阿部日顕は、昭和五四年七月二二日の就任と同時に宗内全ての僧俗から血脈不法の法主と仰がれ、また、宗内全ての機関から異議なく承認され、以来本尊の書写、各種法要の主宰を始めとする法主の職務、住職、主管の任命を始めとする管長の職務及び代表役員としての職務を行い、現在に至っていること、しかるに、被告ら正信会に属する僧侶は、昭和五五年一二月に至り、阿部日顕に対し、質問状を発し、この中で同人の血脈相承について疑義を表明したのを皮切りに、翌昭和五六年一月には、僧侶一四一名の連名で通告文を送付し、この中で明確に阿部日顕の法主及び管長の地位を否定し、ついに同月二一日、一八一名の僧侶が静岡地方裁判所に対し、日蓮正宗及び阿部日顕を被告として同人が日蓮正宗の代表役員及び管長の地位にないことの確認を求める訴えを提起したこと、しかしながら、被告らの造反の後においても、被告ら及びこれに同調する壇徒の一部を除く他の僧侶及び壇信徒は阿部日顕を法主として仰いでおり、阿部日顕に信伏随従する僧侶の割合は宗内全僧俗の九九パーセントに達していることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、日蓮正宗においては、阿部日顕の法主の地位は、被告らの造反にもかかわらず、不動のものとして確立しているものと認められる。

そうだとすると、阿部日顕が法主の地位にないことを前提とする被告らの主張は理由がないことが明らかである。また、日蓮正宗において阿部日顕が法主として推戴されている以上、同人の法主の地位を否定し、同人が法主を僣称している旨の被告らの言動が管長に対する誹毀又は讒謗に当たることも多言を要しない。

3  権利の濫用等の主張について

(一) 被告らに対して擯斥処分がなされた経緯

〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 日蓮正宗の信者の組織ないし団体としては、各末寺に所属する壇徒の組織である法華講のほかに独立した宗教法人となっている創価学会とがあるが、創価学会の組織の急成長に伴い、昭和五二年頃から創価学会の教義逸脱に端を発して宗門と創価学会との間に摩擦が生じた(いわゆる創価学会問題)。このため、一部の活動家僧侶が正信覚醒運動と称して、創価学会を批判し、会員を脱会させて各末寺の壇徒とする(いわゆる壇徒づくり)運動をおこすようになったが、この運動は、昭和五三年に入って全国的、組織的に展開されるようになり、同年八月に第一回全国壇徒大会を開催したのを皮切りに、以後約半年おきに全国壇徒大会を開催するようになった。

(2) これに対し、宗門側は、基本的には学会の教義の逸脱を指導し、これを改めさせることによってともに広宣流布を行うとの考えに立って、昭和五三年六月、文書で学会に対し、教義の逸脱部分を指摘したところ、学会もこれを受け入れ、逸脱部分を是正する措置を取り、この旨を聖教新聞等に掲載して会員に周知させた(いわゆる「六・三〇」)。そして、同年一一月七日、総本山で創価学会の創立四八周年記念登山が行われ、日蓮正宗の全僧侶も出席して学会の代表幹部会が開催された席上において、日蓮上人は、「六・三〇」の趣旨を徹底するよう指南した。

昭和五四年四月二四日、創価学会の池田会長は、いわゆる創価学会問題の責任を取る形で会長を辞任し、同年二六日には法華講総講頭も辞任し、創価学会は会則を改正して、宗門の指導に従い、僧俗和合して広宣流布を行う態勢を整えた。

これを受けて、日達上人は、同年五月一日付けの院達をもって、御講等における学会批判やいわゆる壇徒づくりを禁止する旨を通達し、同月三日、総本山で開催された創価学会の第四〇回本部総会において、いわゆる創価学会問題を収束し、今後僧俗和合協調の基本路線に従い、創価学会の過去の誤り等を指摘批判する行為は、僧俗和合を妨げ、宗内秩序を乱すものとして、厳に謹むべきことを指南し、同年六月一六日付けの院達をもって、「継命」の編集責任者に対し、前記院達を遵守するよう通達した。

(3) 昭和五四年七月二二日、日達上人の遷化に伴い。阿部日顕が第六七代法主に就任したが、正信覚醒運動に携わる活動家僧侶らも、同年八月に開催された第三回全国壇徒総会において、阿部日顕に信伏随従する旨を表明した。

阿部日顕は、同年八月二一日付け訓諭や同年一〇月八日付け院達等をもって創価学会に対する基本的な態度については、日達上人が示された僧俗和合協調の基本路線を踏襲すべきであり、学会の過去の誤り等を指摘批判する言動を厳に謹むことを指南した。しかるに、活動家僧侶らは、昭和五五年一月に開催された第四回全国壇徒総会等において、創価学会に対する批判を繰り返したため、阿部日顕は、同年三月七日付け院達等をもって、従来の院達を遵守すべきこと及び違反行為に対しては宗門を破壊する活動とみなして厳しく対処することを通達し、同年六月二五日付け書面をもって、「継命」の編集責任者に対し、重ねて、指南に従い、宗務院の方針に沿うよう通告したほか、同年七月四日に行われた全国教師指導会等において、宗門の方針に従うよう指南した。

これに対し、活動家僧侶らは、同月、「正信会」という非公認組織を結成し、同年八月二四日、数度にわたる宗務院の中止命令を無視して、日本武道館において第五回全国壇徒大会の開催を強行した。

(4) このため、阿部日顕は、同年九月二四日、右大会に関与した僧侶らに対し、罷免(渡辺広済、佐々木秀明、荻原昭謙、山口法興、丸岡文乗の五名の住職(主管))を含む懲戒処分を行った。なお、この五人は、新任住職に対し事務引継ぎをせず、実力で赴任を妨害したため、同月三〇日、擯斥処分に付された。右五名は、阿部日顕や責任役員会に対し処分撤回を求めたほか、処分の無効を主張して、裁判所に対し地位保全の仮処分を申請した。

他方、創価学会の顧問弁護士であり、法華講の大講頭でもあった山崎正友は、週刊文春の同年一一月二〇日号に阿部日顕の相伝には疑義がある旨の手記を発表した。そして、同年一二月一三日、右手記を受けて、久保川法章他一一名の正信会に属する僧侶は、阿部日顕に対し、内容証明郵便をもって右疑義を質す質問状を送付し、翌昭和五六年一月一一日には、被告中濱及び被告吉田を含む一四一名の正信会に属する僧侶が阿部日顕に対し、「貴殿には全く相承が無かったにもかかわらず、あったかの如く詐称して法主並びに管長に就任されたものであり、正当な法主並びに管長と認められない。貴殿が行った昭和五五年九月二四日付け懲戒処分はいずれも無効である。」旨の通告文を送付し、ついに、昭和五六年一月二一日、被告らを含む一八一名の正信会に属する僧侶が日蓮正宗及び阿部日顕を被告として、静岡地方裁判所に対し、代表役員・管長の地位不存在確認の訴え等を提起するに至った。

(5) これに対し、阿部日顕は、被告らに対して同年二月四日付け、同年九月一五日付け、昭和五七年一月一九日付けの各院達及び同年三月二〇日付け又は同年九月一日付けの訓戒をもって、被告らの所説が異説であることを指摘し、これを改めるよう訓戒したが、被告らがこれに応じなかったため、被告木全に対しては同年四月五日付けの、被告中濱及び被告吉田に対しては同年九月一六日付けの各宣告書をもって、擯斥処分に付した。

(二) 以上の経過によれば、被告ら正信会に属する僧侶らは、いわゆる創価学会問題に関する宗門の指導方針に背反し、宗務当局の中止命令を無視して第五回全国壇徒大会を強行したため、阿部日顕から懲戒処分を受けたことを不満とし、同人の法主就任後約一年半を経過して初めて同人の法主の地位を否定する挙に出、阿部日顕から再三にわたり、その所説を改め、日蓮正宗本来の信仰に立ち還り、法主の指南に従うよう訓戒されたにもかかわらず、その所説を改めなかったため、擯斥処分に付されたことが明らかであり、右処分が被告らが提起した前記訴訟を圧殺する目的に出たものとは到底認められないし、他に右処分が公序良俗に反し、懲戒権の濫用であると認めるに足りる事情はない。

(三) 最後に、被告らは、被告らの、それも訴訟代理人による訴訟上の応答を捉えて懲戒処分の事由とすることは当事者の訴訟活動の自由を制約することになるので、許されない旨主張するが、当事者の主張は訴訟上なされたからといってその性質を変ずるものではなく、これが当該宗教団体の教義に照らし異説に当たる場合には、これを理由に処分されたとしても背理とはいえない。また、訴訟代理人の陳述は、原則として当事者本人の意思に基づくものである以上、例外的な事情の認められない本件において、これを当事者本人の意思として評価することは、むしろ当然のことともいえる。被告らの主張は、当事者の訴訟活動の自由の保障をはき違えるものであり、失当である。

(四) 以上のとおりであるから、結局被告らの再々抗弁は全て理由がないことに帰着する。

三  以上のとおり、被告らに対する擯斥処分は有効であるから、被告らは、右処分により僧籍を喪失したことに伴い原告らの住職たる地位を喪失し、これにより、それぞれ寺院の建物である別紙物件目録一ないし三記載の建物を占有する権原を喪失したものというほかはなく、被告木全は原告東大宣寺に対し同目録一記載の建物を、被告中濱は原告行修寺に対し同目録二記載の建物を、被告吉田は原告覚宣寺に対し同目録三記載の建物をそれぞれ明け渡す義務がある。

第二  地位確認事件について

一  請求原因事実及び抗弁記載の事実中、被告らが日蓮正宗から擯斥処分を受けたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らの再抗弁につき判断するに、被告らに対する擯斥処分は有効であり、被告らが、右処分により僧籍を喪失したことに伴い原告らの住職たる地位を喪失したことは前記第一で説示したとおりである。

ところで、〈証拠〉によれば、原告らの代表役員は、日蓮正宗の規程によって、各寺院の住職の職にある者をもって充てる(規則第八条第一項)こと及び代表役員兼責任役員の任期は各寺院の住職の在職中とする(規則第九条第一項)ことが認められるから、被告らは、いずれも各寺院の住職たる地位を喪失したことにより、代表役員兼責任役員の地位をも喪失したことが明らかである。

三  そうだとすると、被告らの各請求はいずれも理由がないというほかない。

第三  結論

以上のとおり、原告らの各建物明渡請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告らの各地位確認請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用し、仮執行宣言の申立ては相当でないからこれらを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口 忍 裁判官 高柳輝雄 裁判官 夏目明徳)

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